― 事故ゼロではなく「重大事故ゼロ」を目指す、安全運転の本質 ―
私は、7tのパッカー車を運転する現場の人間です。
ここ数ヶ月で2件の物損事故を起こしました。しかしそれは、スピードを抑え、安全を徹底していたからこそ軽微で済んだ事故です。
この記事では、なぜ私が羞恥心や見栄、エゴと戦いながらも「慎重さ」を貫くのか。
そして、現場に蔓延する「言い訳」とどう向き合ってきたのかを赤裸々に綴ります。
スピード優先の文化に違和感を覚えたことがあるあなたへ。
「事故を起こさない」ではなく、「万が一起きたときに守れる自分」であるために、今こそ考えてほしいテーマです。
?こんな方に読んでほしい
- 安全と効率のバランスに悩んでいる現場作業者
- 「俺はうまいから事故は起こさない」と思っている全ての運転者
- 安全意識の高いマインドを企業文化にしたいと考えるリーダー層
軽微な物損を起こした私が、スピードを抑える理由
私は2025年3月現在、本業で7tパッカー車の運転手として業務しています。この2、3ヶ月の間に、私は2件の物損事故を起こしました。
1件目は、電柱に取り付けられていた町名プレートを、ミラーで接触して破損させてしまったこと。2件目は、会社構内の設置物にオーバーハングしてしまい、トラックの油圧ホースカバーを破損させたこと。どちらもすでに対応済みですが、共通していたのは、スピードを出していなかったからこそ、軽微な事故で済んだという点です。
なぜ私は「慎重な運転」を選び続けているのか
私の周囲の運転手たちは、非常にスピーディーな動きをします。
7t車で入り組んだ街を、平均車速25km以上で動きながら、事故も起こしていません。
しかし、私はスピードを意識的に抑え、安全作業を徹底しています。
結果として、私のみが軽微な物損を起こし、周囲と比べて「遅い」「不器用」「下手くそ」と評価されることもあります。
それでも私は、自分の能力を十分に理解しているからこそ、無理をせず、あえてスピードを抑えているのです。
超集中状態と脳の疲労に潜むリスク
スピーディーな運転には、一種の"ハイ"な状態が伴います。
超集中状態におけるアドレナリンや、時間内に作業を終えることによる達成感からのドーパミン分泌が、それを後押ししています。
しかし、それが続くことで脳にはスイッチングコストによる負荷が蓄積し、自覚なき疲労が生じています。
周囲の運転手は、そのリスクに気づいていません。
超集中状態では、事故確率が一時的に低下することもあります。
しかし問題は「スピードそのもの」にあります。
重量10t近い物体が街を20km~25km以上で移動していること自体が、すでに高リスクであり、万が一の事故が起きたとき、その被害は軽微では済まない可能性があるのです。
軽微な物損で済んだことの意味
私が起こした2件の物損は、確かに失敗でした。
しかし、それはスピードを抑え、確実な作業を心がけていたからこそ、大事に至らなかった結果でもあります。
もし、私が周囲と同じようにスピードを優先していたら――。
町名プレートの破損は人的被害を伴っていたかもしれませんし、油圧ホースの破損も、より大きな修理費用と作業停止を招いたかもしれません。
これを発信すれば必ず反論があります。
この安全第一を発信すると、必ずと言っていいほど同じ反論がされます。
何度、説いてもあまり伝わらないので、この記事にいくつか記載しておきます。
「そんなテンポでやってたら作業が終わらない」
→ **作業が終わらない原因は、業務量の設計ミスや無理なスケジュールにある。**それをドライバーが身体や命を削って補うのは間違っている。効率のために重大事故が起きれば、結果的に会社全体の損失になる。
言い訳2:「スピード出さないと逆に事故を起こす」
→ スピードでリズムを取る運転は、自分本位のリズム依存。**安全は、自分のリズムではなく、現場や状況に合わせる柔軟さから生まれる。**逆に、スピードが原因で事故を起こした場合、その代償は計り知れない。
言い訳3:「俺はうまいから避けられる・止まれる」
→ その慢心が、事故を招く。**どれだけ腕があっても、“0.1秒の油断”で人は命を失う。**うまい人間こそ、リスクを理解し、抑制できる者であるべき。
言い訳4:「誰も事故を起こしてないのに何が問題?」
→ 事故は確率論で発生する。「今、起きていない」だけで、**それが安全の証明にはならない。**大事なのは、起こる可能性を限りなくゼロに近づける努力である。
「事故を起こさない」より「重大事故を防ぐ」
私が大切にしているのは、「事故ゼロ」ではなく、「重大事故ゼロ」です。
物損を起こさないことが大切なのではなく、万が一起きたときに被害を最小限にする行動ができているかを重視しています。
確かに事故ゼロを掲げる誓いは尊いです。
しかし確率論的に無事故を継続し続けるのは不可能です。
それが達成できたとするなら、どこで達成なのか、明日重大事故が起こるかもしれないのに。
スピードを抑えることは、会社内という小さな枠組みの中で、見栄やエゴ、羞恥心と戦うことでもあります。
しかし、そういった個人の感情を超えて「守るべきものを守る意識」こそが、新時代の企業文化をつくる原動力になると私は信じています。
最後に
軽微な物損を恐れるな。重大事故を恐れよ。
私はこれからも、自分の能力を過信せず、スピードを抑え、安全を最優先にして運転を続けます。
そして、一人でも多くの人が「安全に向き合う価値」を発信していくことで、社会全体が変わっていけることを願っています。