「取り調べ室の光──数時間に及ぶ、事実と記憶のすべて」
薄いスチール製のドアが閉まる音が、静かな空間に響いた。
ここは、取り調べ室。
犯罪ドラマでよく見たあの空間に、今、自分が座っている。
警察の取り調べは、想像以上に長く、静かに進んだ。
数時間にも及んだ取り調べ。
そのすべては、ひとつの「調書」を完成させるためにあった。
刑事は静かに、淡々と語った。
「一応、被疑者ってことになります」
「虐待の疑いがあるとのことで、容疑者ではないです」
「言いたくないことがあれば、けっこうですけど……調査が滞ります。まあ、気軽に構えてください」
気軽に、なんて言葉がこの空気に似合うだろうか。
だが、不思議と威圧的な印象はなかった。
刑事に敵意は感じられなかった。
——それは、ラポール形成の訓練を受けたプロとしての距離感だったのか、
——それとも、本件に重大な事件性を感じていないという、どこか安心した空気だったのか。
その理由は、わからなかった。
話す内容は、過去のすべて。
自分の生い立ちから、次女の怪我の経緯、家族の関係、子育てのことまで。
聞かれたくないことまで問われ、記憶の襞をひとつずつなぞるように話していく。
刑事が描いた調書には、私の“生活”が描かれていた。
その文章の中に、私が必死で守ってきた日常が、少しずつ文字になっていった。
この取り調べが何を意味するのか。
それが、誰のためになるのか。
終わる頃には、もう夕方だった。
ただひとつ確かだったのは——
私は、すべてを曝け出さなければならなかった。
それが「親」としての覚悟だと信じていたから。
この時思ったのは、刑事のスキルの高さだ。
彼らはストーリーテリングのプロだ。
完成した調書は作成者の押印がされて書類送検される。
彼らからすれば、無実の人間を悪人に仕立て上げるのは造作もないこと。
私はそういう印象を受けた。
田中刑事「それでは、また、思い出すこともありますので、捜査の途中でもし、何かあればご連絡ください。最後の調書を取ります。」
「それでは、また思い出すこともありますので、捜査の途中でも何かあればご連絡ください。最後の調書を取ります」
当時、私も妻も、心当たりがない中での聴取に苦しんでいた。
けれどその言葉は、私の心に静かに残り続けていた。
妻の一言で、記憶の扉が開いた
ある日、児童相談所での次女との面会に向かう車中。
車を駐車して一息ついたとき、妻がふとつぶやいた。
「あの日、一瞬だけ〇〇(次女)泣いてなかった?」
その一言で、私の中に沈んでいた何かが浮かび上がった。
記憶が静かに、しかし確かに動き始めた。
脳裏を走った電撃──あの瞬間
私は運転席に背中を預けながら、何気なく右手を座席の横のレバーに触れた。
そこはドアと座席の隙間、ちょうど“あの日”、娘の足が落ちた場所だった。
その瞬間、頭の中に稲妻のような衝撃が走った。
「…俺かもしれない。」
フルフラットの車内で起きた出来事

あの日、花火大会のあと、車をフルフラットにして家族でくつろいでいた。
次女は車内で飛び跳ねたり、ゴロゴロ転がったりして、楽しそうにしていた。
そして突然、小さな泣き声が響いた。
振り返ると、運転席のドアと座席の隙間に、娘の足がすっぽりと落ちていた。
私は急いで、娘の身体を両手で掴んで引き上げた。
その瞬間、娘は「いたい!」と泣き声をあげた。
驚いて、慌てて足を外して、座席にそっと下ろすと、娘はしばらくべそをかいていたが、すぐに泣き止んだ。
私は念のため膝のあたりを触って確認したが、異常は感じられなかった。
その後、娘もまた笑顔に戻り、家族で花火を見続けた。
「この時しかない」──確信
その記憶は鮮明だった。
“事故”という言葉がぴったりだった。
それでも、誰かに責任を押しつけたかったわけではない。
ただ、真実がようやくわかった──それだけだった。
私はすぐに妻と記憶を擦り合わせ、警察に電話した。
私「次女の受傷の直接的な原因になったと思われることを思い出しました……」
田中「それはあり得ますね。それでは最後の調書と、見聞をしますので⚪︎日に署に来てください。」
この報告を機に、捜査は終盤を迎える。
刑事は再度私たちを呼び出し、最後の調書を取ることになる。
そして、その場で──
私たち夫婦の供述がすべて裏付けられたことを告げられることになる。
⬇︎ちょっとしたエピソード⬇︎