異端扱いされ始めたら完成。
これは私が10年以上かけて到達した、ひとつの生き方です。
甘いものを断ち、添加物を避け、玄米を中心に、山菜・鶏肉・大豆・ナッツなど自然の恵みをもとに最適化された食生活を実践してきました。
私はヴィーガンではありません。人類の長い歴史において、雑食性という特性をもとに進化してきた腸内環境を無視した偏った思想には与しません。
自然との調和、腸内の声との対話、そういった身体本来のメカニズムに沿う中庸の食が、私にとっての“最適”でした。
その結果、細胞ひとつひとつが研ぎ澄まされるように、体重も、肌も、思考も整い、まさに“適正な見た目”と“適正なパフォーマンス”を手に入れました。
けれど、これは一般的な社会生活の中では容易に実践できるものではありません。
普通に働き、家庭を持ち、社会のノイズの中で生活する中では、情報・食・時間すべてにおいて“汚れ”が入りやすい構造になっているからです。
そして、こうした変化は時に“異常”と見なされます。実際、私のことを知っている他部署の上司からは「なんでそんなに痩せてるんだ! 食べろ!」と声をかけられたこともありました。
けれど、私は確信しています。
これは病ではなく、“全細胞の最適化”です。
■ 自由な選択のために
この世界に、できるだけ多くの“選択肢”を置いておくこと。それが、誰かの救いになるかもしれないと私は信じています。
誰かが、自分のリズムを失い、身体の声が聞こえなくなったとき。
ふとこのブログに辿り着いて、「こんな生き方もあるのか」と知るだけで救われる人がいるかもしれません。
そして選んで、試して、合わなければやめて、次の価値を探す。それでいい。自由に、実践して、探し続けていける世界。それこそが理想の世界です。
“他人には再現できないかもしれない”という自覚があるからこそ、私は押し付けず、ただ“置いておく”。選択肢が棚にひとつ増えるだけで、未来の誰かが救われるかもしれない。そんな静かな想いで、この言葉を残しています。
■ パワフルさの誤解
世の中には、肉を喰らい、油を浴び、甘いものを求める“ギラギラしたパワフルさ”が称賛される風潮があります。
確かに彼らは、人の胸を打ちます。
そしてこれまでの歴史は彼らがリーダーシップを発揮して創造してきたのかもしれません。
けれど本当の強さとは、静かで、持続可能で、調和したものです。動的なパワーは燃え尽きる。内なる整合性からくるエネルギーこそが、真の持続可能な“生命力”だと私は確信しています。
その力は、派手ではなくても、朝の目覚め、昼の集中力、夜の心の静けさという形で、確かに現れます。
■ 結びに代えて
これは、私が生きてきた軌跡です。
そして、これを残すことが“本質”であると思っています。
誰にも強制しない。
けれど確かにここに、“整った世界”が存在している。
これは私の真実であり、同時にあなたの選択肢にもなり得る。そんな“静かな選択肢”を、このブログに置いておきます。
■ 私の1日のライフスタイル
このライフスタイルを体現してから、私は焦燥という感覚から解放されました。
自分の目の前に、必要なこと・必要な人・必要な出来事が、完璧なタイミングで配列されて現れるという、不思議な整合感に包まれるようになったのです。
極限まで“無駄”を排除することで、人生に潜む“苦しみという幻想”から抜け出すことができました。
外から与えられる刺激ではなく、内から湧き上がる静かな満足感とともに、私は自分のペースで一日を歩んでいます。
- 起床:冷水シャワーを浴びたあと、オーガニックコーヒーにグラスフェッドギーとMCTオイルを入れたドリンクを飲み、世界と未来に想いを巡らせる。
- 仕事中:昼は食べないか、35gのマカダミアナッツのみ。
- 帰宅後:妻が作ってくれた、オーガニック玄米・ネギ・鶏を入れた雑炊と惣菜をゆっくりといただく。
- 夜:副業に取り組む、または新しい学びに時間を使う。
- 家族との時間:妻と子供たち、そしてペットと触れ合いながら心を整える。
- 就寝前:その日一日を振り返り、「すべてを受け入れる」と心に誓って眠りにつく。







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