今回の出来事は、最初から最後まで
白黒をつけ難い事件だった。
記憶は不完全で
行政手続きは一方向的で
警察の最終判断は
「過失傷害」としての処理だった。
どれか一つを切り取れば、説明はつく。
しかし、すべてを並べると、明確な線は引けない。
全体として、グレーだった。
最後の取調べは、そのグレーを
可能な限り事実に近づけていくための
静かな作業だったと思う。
私は、生まれてから今までの経緯、そして今回の出来事について
記憶を辿りながら、順序立てて話した。
花火大会の夜。
車内で遊んでいた次女の足が
車のシートとドアの間に挟まったこと。
とっさに助けようとして、不用意に体を引き上げてしまったこと。
その際、足が過伸展する形になり
大腿骨の若木骨折を起こした可能性を
後から思い出したこと。
当時、次女は足を動かして自ら自分のチャイルドシートにのぼり
すぐに泣き止み、重大な怪我だとは認識できなかったこと。
しかし違和感を覚え、医療機関に相談し
整形外科で診断を受けたこと。
その後、児童相談所によって次女が一時保護されたこと。
そして、自分や妻が日頃から次女を愛し
危害を加える意図も行為も一切ないこと。
それらすべてを含めて、最後の調書作成だった。
取調室は静かだった。
刑事は、私の話を聞きながら
要点を整理するようにノートPCのキーボードを
ペチペチと小さな音を立てて打ち続けていた。
感情を挟まず、評価を挟まず
ただ、事実だけを並べていく。
最後に
作成された調書が読み上げられ、内容に間違いがないかを確認し
私は署名と指印をした。
刑事は、書類にハンコを押し
何度も目を通しながら、入念に最終チェックをしていた。
その一連の作業が終わったあと
彼は、ふとした調子で、こう言った。
「今回は事故ということで処理できましたが……
本当に、ひどい虐待事件は本当にひどくてね。
調書を書きながら、泣いた事件もあるもんね。」
少し間を置いて、続けて、こうも言った。
「スッキリはしなかったかもしれないけど
だから……
あんまり児相を攻めずに理解してあげてください。」
その言葉に、嘘や悪意はなかったと思う。
刑事は、私の件と、凄惨な虐待事件を
因果で結びつけようとしたわけではない。
ただ、現場を見てきた人間としての実感を
一人の人間として、共有しただけだったのだと思う。
私は、その言葉を否定しない。
本当に、取り返しのつかない虐待事件が存在することも
それを扱う人間の心が摩耗していくことも、事実だからだ。
ただし、この事件がグレーだったことと
判断の過程が検証不要になることは、同義ではない。
記憶が曖昧であること。
事故かどうかの判断が難しいこと。
最終的に過失傷害として処理されたこと。
それらすべてがグレーであったからこそ、本来は
より丁寧な説明と、より透明な手続きが
求められるはずだった。
しかし現実には
「子どもを守る」という大義のもとで
検証は後景に退き、判断は先行した。
これは、誰か一人の善意によるものではない。
構造として、そうなってしまう。
私は、警察を敵にしたいわけではない。
児童相談所を、断罪したいわけでもない。
ただ
子どもを守るという名のもとで行使される権限が
もし「権利」と呼ばれるのであれば、
そこには最低限、
- 判断の根拠が説明されること
- 手続きが可視化されていること
- 異議を申し立てる余地が残されていること
が、伴わなければならない。
それを、権利というのなら
私には、これから
やらないといけないことがある。
感情をぶつけることではない。
誰かを攻撃することでもない。
起きた事実を、記録し、
構造として検証し、次に同じことが起きない形で残すこと。
白でも黒でもなかったからこそ、この出来事は
記録されなければならない。
それが、この一件を経験した人間としての
私なりの責任だと思っている。
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