私は最近、かなり大きなことに気づきました。
それは
“強そうに振る舞うこと”
と
“本当に強いこと”
は、明確に別物だということです。
「何を言っているんだ。」「当たり前だろ」
と言う声が聞こえてきそうですが、詳しく言語化したら面白かったので、興味があれば読み進めてください。
まず初めに
これは「男性性を否定したい」と言う話ではありません。
筋トレも、外見を磨くことも、仕事で戦うことも、私は否定していません。
むしろ、男性が責任感を持ち、強くあろうとすること自体は
自然な本能だと思っています。
ただ、問題は
「未制御のオス的防衛反応」
です。
「どう言うことですか?」
と言う人のためにわかりやすく解説していきます。
例えば
- 舐められたくない
- 弱く見られたくない
- 主導権を握りたい
- 正しさで勝ちたい
- 隙を見せたくない
- 常に優位でいたい
こういう感覚。
これらは、動物レベルでは合理的です。
野生では
威圧
↓
支配
↓
闘争
↓
優位性誇示
が、生存戦略になるからです。
だからオスは、強く見せたくなる。
でも、人間社会、特に家庭や共同体では、この本能が逆作用することがあります。
なぜなら家庭は、「勝つ場所」ではなく「安心する場所」だからです。
強そうな父親ほど、空気が硬くなることがある
父親が常に
- 正しくあろうとする
- 強くあろうとする
- 舐められないようにする
- 家庭をコントロールしようとする
状態だと、家族の空気は少しずつ緊張していきます。
すると
妻は防御的になる。
子供は空気を読む。
会話は慎重になる。
本音が減る。
そして本人は「なんで誰も理解してくれないんだ」となる。
でも実際には“強さ”を出し続けることで、家庭全体が緊張していたりすることに気がついていないことが多い。
これはかなり起こります。
本当に強い男は、常時オスをやっていない
最近、アニマルプラネットを見ていて、ライオンが特集されていて、それを見ていて思いました。
オスライオンって、ずっと肩で風切って歩いていないんですよね。
大体寝てる。
メスに借りに行かせて自分は群れの中で踏ん反りかえってる。
子ライオンと遊んでる。
虫とか潰して遊んでる。
必要な時だけ戦う。
つまり、本当に強い個体ほど
「俺は強い」
を常時証明し続けない。
逆に、未成熟な強さほど
- 常にマウントを取る
- 常に威圧する
- 常に勝とうとする
- 常に舐められないようにする
に寄っていく。
これは、強いというより“防御”なんだと思います。
私自身、かなり勘違いしていました
私はこれまで
- 論理
- 正しさ
- 分析
- 構造理解
- 隙のなさ
をかなり重要視してきました。
もちろん、それが必要な場面もあります。
社会には、理不尽もあります。
綺麗事だけでは守れないものもある。
だから、常に強くあろうとしました。
でも最近、家庭の中で気づいたことがあります。
ちょっと吹っ切れた感じで
子供視点まで、自分を極限まで下ろして、一緒にふざけた時。
家庭の空気が、一瞬で変わったんです。
娘たちが笑いながら繋がって、それを見て妻が抱きしめてくれた。
その瞬間、思いました。
「ああ、強そうに見えることと、本当に強いことは違うんだな」と。
本当に強い男は、自分からバカになれる
これは私の持論ですが、本当に強い男は
子供と同じ目線まで降りて、自分からバカになれる人です。
なぜなら、それは
“自我防衛を一時的に外せる”
ということだから。
- 強く見られなくてもいい
- 完璧じゃなくていい
- 勝たなくていい
- 笑われてもいい
その余裕がある。
これは、弱さではなく
むしろ知的で高度な強さだと思います。
家庭に必要なのは
“勝者”
ではなく
「この人がいると安心する」
という存在なのかもしれません。
これは私自身、まだ途中です。
でも、少なくとも最近、以前より少しだけ
「強そうに見えること」
から離れられた気がしています。