ただ、私が今回残したいのは、「解除された」という事実そのものではありません。
この約2ヶ月弱の中で見えてきたのは、一時保護という制度がどのようなロジックで動き、
親がどのように不利な構造の中で対応を迫られ
そして、どのような論点が社会に共有されるべきなのか、ということでした。
私は児童相談所という制度の必要性そのものを否定したいわけではありません。
虐待死を防がなければならない。
そのために、行政が安全側に倒れる構造を持つこと自体は理解しています。
しかし、理解していることと、許容していることは違います。
今回の出来事は、私にとって単なる家庭のトラブルではありませんでした。
親子が自由に暮らす権利と、行政が子どもの安全を理由に介入する権限が、どこで、どのように交差し、どのような説明責任を負うべきなのか。
その構造が剥き出しになった出来事でした。
この記事では、Threadsに断続的に書いてきた記録と、自分なりに言語化してきた論点を統合しながら、今回の件を整理します。
何が起きたのか
発端は、次女の恥丘部(恥骨のある膨らんだ部位)のあざでした。
このあざが「虐待の疑い」と評価され、当時3歳だった次女は幼稚園から児童相談所によって移送され、緊急一時保護となりました。
親としての感覚で言えば、あまりにも急でした。
しかも、保護時点で次女は元気に走り回っていたと聞いています。
ここで、最初の強い違和感が生じます。
本当にこの場面で、即時分離という最も強い介入が必要だったのか。
家庭訪問、在宅指導、聞き取り、環境確認など、より侵襲性の低い代替手段は本当に検討されたのか。
この問いは、最後まで消えませんでした。
制度はなぜそう動くのか
一時保護制度は、親の愛情や努力を評価して発動する制度ではありません。
それは
「親がどれだけ子どもを愛しているか」
「どれだけ育児に真剣だったか」
「どれだけ苦しむか」
とは基本的に無関係に作動します。
制度の前提は、あくまで「子どもの安全」です。
しかもその安全は、最悪ケース。
つまり、虐待死や重篤な被害を見逃さないことを基準に設計されています。
ここで制度は、こう考えます。
- 虐待死は一度起きたら取り返せない
- 誤保護は後から修正可能
- 親の説明は必ずしも信用できない
- 外傷の原因は初動では特定困難
- 調査中に深刻な事態が進行する可能性がある
この構造を理解すると、一時保護が「疑いだけでも動き得る」理由は見えてきます。
つまり、入口は広く取られているのです。
しかし問題は「入口」ではなく「出口」にある
今回、私が最も強く感じたのはここです。
入口は軽く、出口は重い。
疑いがある。
だからまず分離する。
ここまでは制度がそう設計されている。
それはわかる。
しかし、その後はどうか。
一度一時保護が発動すると、そこから先は児童相談所職員の業務は多岐に渡ります。
- 親への聞き取り
- 親、児童との面談
- 怪我のセカンドオピニオン
- 警察連携対応
- 所内会議
- 家庭訪問
- 所長指示
- 解除条件の調整
- 児童福祉司指導への接続
と、複数の手続きと判断が同時進行します。
親にとっては「早く返してほしい」ですが、制度の中では「まだ確認すべきことがある」となりやすい。
つまり、分離は一瞬で起きるのに、解除は極めて遅く感じられる構造になっています。
この非対称性は、当事者でないと想像しにくいと思います。
セカンドオピニオンと時系列から見えたこと
今回、医療的な観点でも整理を進めました。
小児外傷では知られている「ストラドル損傷」という概念があります。
子どもが遊具、自転車のフレーム、椅子、鉄棒、シーソーなどにまたがる形で衝突した際、会陰部・外陰部・恥骨周辺に打撲や腫れが生じることがある、というものです。
私は英語文献まで遡って調べ、一次情報も提出しました。
セカンドオピニオンでは、原因の特定は困難でありつつも、
日常的な偶発事故の可能性は否定されない、という評価が示されました。
ここで重要なのは時系列です。
一時保護の決定は、こうした医学的な評価が十分に揃う前に行われています。
つまり、初期判断は「安全側に倒す」構造で発動し、その後に情報が積み上がっていく。
この構造それ自体は理解できます。
しかし、その後の継続や解除の判断では、より精密な説明が必要になるはずです。
解除面談で残った、最も重い違和感
最終的に次女の一時保護は解除されました。
しかし、解除面談の職員の発言記録にはこう残っています。
- 身体的虐待の疑いは残る
- 受傷機転不明が一番心配
- 次に同じような受傷機転不明の大怪我があれば、家庭復帰はかなり厳しくなる
- 解除と同時に、半年間・月1回程度の児童福祉司指導が決定された
ここに、私にとって非常に大きな違和感があります。
もし本当に虐待の危険が残るなら、なぜ返せたのか。
逆に、返せるなら、なぜ分離が必要だったのか。
この二つは、本来同時に成立させるには説明が必要です。
重要なのは、ここで児相の判断を単純に「矛盾だ」と断じることではありません。
より正確に言えば、ここには説明責任の空白があります。
つまり
「分離が必要な状態」から「在宅で足りる状態」へ、
どの事実に基づいて、どの基準で評価が変わったのかが具体的に示されていない。
ということです。
親に求められるハードルは異様に高い
解除面談では、「怪我を100%防ぐのは難しい」という趣旨も語られました。
これは、当然、その通りです。
育児をしている親なら満場一致だと思います。
幼児の怪我を完全に防ぐことなど不可能です。
しかしその一方で、「受傷機転が説明できないこと」は強く問題視される。
ここに、制度運用上の大きな負荷があります。
偶発的に起こり得る怪我や事故でも、回数が重なれば重なるほど、家庭側の責任だけが累積していく。
しかも、親は常に「何が起きたのかを説明できる状態」に近づくよう求められる。
これは、現実の子育てに照らせば極めて高いハードルです。
さらに皮肉なのは、次女は一時保護施設内でも転倒して頭を打っています。
つまり、「分離すれば安全が担保される」という前提すら、現実には絶対ではありません。
このとき私が感じたのは、単なる怒りではなく、評価基準の非対称性でした。
家庭で起きた怪我は強く問題化される。
施設で起きた怪我は個別の事故として処理される。
この差をどう説明するのか。
ここにも、制度が抱える難しさがあります。
児相を敵にするだけでは、子どもは返ってこない
今回、私の中で最も大きかった認知の変化はここです。
以前の私は、制度や担当者の矛盾を突き、いかにダメージを与えるか、いかに穴を見つけるか、という方向に引っ張られていました。
しかし、今回の二度目の一時保護を通して強く感じたのは、
感情で制度は止まらない
ということになります。
仕組みは、一度走り出すと、ゴールまで止まりません。
だからこそ必要なのは
- 何を受け入れるのか
- どこからは譲らないのか
- 相手が何を恐れ、何を欲しているのか
- どの材料を出せば、解除の方向に作用するのか
を見極めることでした。
私はこれを、児相を肯定することだとは思っていません。
むしろ逆です。
仕組みを理解せずに感情だけでぶつかることは、結局、相手の土俵の中で消耗するだけです。
理解したうえで、必要な部分だけ適合させ、自分の基準は手放さない。
これが、最も知的なアプローチだと今は考えています。
問題は制度の存在ではなく、判断の筋道の曖昧さ
私は一時保護制度そのものを否定したいわけではありません。
本当に危険な家庭から子どもを守るための仕組みは必要です。
それは大前提です。
ただ、行政が一般家庭に対して極めて強い権力を行使する以上、最低限、次のことは曖昧であってはいけないと思っています。
- なぜ分けたのか
- なぜ返せたのか
- 何がなお残っているのか
- どの基準で「分離が必要」から「在宅で足りる」へ変わったのか
強い権限には、強い説明責任が伴うはずです。
制度の必要性と、運用の正当性は、同じではありません。
今回の記録を残す理由
私は実名で発信しています。
もちろん子供の氏名、職員の顔、氏名、施設名、個人が特定される情報は出しません。
それでも記録を残し続けるのは、単なる恨みや感情の吐露ではありません。
個人の痛みを、検証可能な記録に変えるためです。
検証可能な記録を、社会的な問いに変えるためです。
そして、その問いが蓄積することでしか、権力の運用に圧力はかからないと考えているからです。
一人では権力を止められない。
それは今回、嫌というほど分かりました。
でも、構造を理解し、それを言語化し、共有し、数が集まれば、話は変わります。
最後に
当時3歳の次女は、幼稚園から移送され、二度目の一時保護となりました。
親と離れて誕生日を迎え、感染症にもかかり、何度も面会を重ね、ようやく今回、一時保護は解除されました。
それでも、解除面談にはなお「虐待疑い」と「受傷機転不明」が残り、児童福祉司指導に接続されました。
この出来事を通じて、私はこう考えるようになりました。
制度は、安全側に倒れる。
親は、感情で揺れる。
その溝は簡単には埋まりません。
だからこそ必要なのは感情を捨てることではなく
感情を記録と論理に変えることです。
私はこれからも、この件を「不運な個別事案」として終わらせず
親子の自由、行政介入の限界、説明責任のあり方という論点として残していきます。
もしこの記録が、今まさに子どもと引き離されている親にとって
少しでも視界を開く材料になるなら、それ自体が一つの価値になると信じています。
この件については、今後も記録と資料を整理しながらthreads、またはブログで公開していきます。
同じような経験をした方、あるいは制度の在り方に関心のある方は、ぜひ今後の投稿も追ってください。
また、この問題は「特殊な家庭の話」ではなく
行政権限と家庭の自由の線引きという普遍的なテーマだと思っています。
感じたこと、気がついたことがあれば、どんなことでも構いません。
コメント、または以下のボタンから公式LINEで共有、気軽に相談していただけると嬉しいです。
これまで、二度の一時保護が発動した当事者である私だからこそ
力になれることがあると思っています。