GWになると、街は少し浮き足立ちます。
旅行。
外食。
ショッピング。
レジャー。
その一方で、
こんな感覚を持っている人が意外と多いことに気づきました。
「こんなにゴミを出して申し訳ない」
実際、threads投稿にも
「感謝しています」
「申し訳ないくらいです」
「GWも回収があって助かります」
という声がたくさん届きました。
でも
ゴミ収集の仕事をしている立場から、まず最初に伝えたいことがあります。
“ゴミを出すこと”そのものは、悪ではありません。
むしろ、人が生きて
動いて、経済を回して、人生を楽しんでいる証拠でもあります。
「ゴミを減らさなければならない」という圧力
現代は
“正しく生きること” への圧力が強い時代です。
- 無駄遣いしてはいけない
- 環境に悪いことをしてはいけない
- 迷惑をかけてはいけない
- 消費しすぎてはいけない
- ゴミを出しすぎてはいけない
もちろん、最低限のモラルや配慮は大切です。
でもいつの間にか
「生活感を出すこと」
そのものに罪悪感を持つ人が増えている。
これはかなり危険だと思っています。
なぜなら、人間は本来
“活動する生き物”だからです。
活動すれば、必ず何かを消費します。
食べる。
移動する。
遊ぶ。
買う。
体験する。
すると、必ずゴミが出ます。
これは、“悪いことの副産物”
ではありません。
“生きていることの副産物”
です。
人が動くから、社会は回る
例えば、あなたが家族で外食に行く。
そこでは
- 飲食店
- 生産者
- 配送
- 清掃
- ゴミ収集
- 食器メーカー
- 電力会社
無数の仕事が連動しています。
あなたがテーマパークへ行けば、そこに雇用が生まれる。
旅行へ行けば、地域経済が回る。
買い物をすれば、物流が動く。
つまり
“人が消費する”
というのは、単なる浪費ではありません。
社会全体の循環です。
もちろん、
無駄に捨てろという話ではありません。
食べ物を粗末にしろという話でもない。
ただ
「消費すること」
「楽しむこと」
「人生を使うこと」
まで悪いことのようだと思い始めると
人はどんどん縮こまっていきます。
ゴミは、「人生が動いた跡」でもある
ゴミ収集をしていると、色んな家庭の生活が見えます。
子育て家庭。
介護家庭。
共働き家庭。
一人暮らし。
そして、どの家庭にも
それぞれの“生きた痕跡”があります。
オムツ。
弁当容器。
通販の段ボール。
ペットボトル。
レジャー帰りの袋。
つまりゴミって「不要物」だけではないんです。
誰かが生きた痕跡でもある。
思い出の残り香でもある。
楽しかった時間のあとでもある。
だから私は、
大量のゴミを見て、
単純に「迷惑だ」とは思いません。
むしろ
「GWを楽しんだんだな」
「家族で出かけたんだな」
「子どもといっぱい遊んだんだな」
そう思うこともあります。
人間は、本来もっと活動していい
最近、日本全体に少し感じることがあります。
“萎縮”
の空気感です。
迷惑をかけないように。
静かに。
控えめに。
お金を使わず。
目立たず。
もちろん、慎ましさは美徳です。
でも過剰になると、社会全体の熱量が落ちます。
街が静かになる。
店が閉まる。
人が動かなくなる。
挑戦が減る。
逆に、人が動く社会は活気があります。
- 子どもの笑い声
- テーマパーク
- 飲食店
- イベント
- 旅行
- 買い物
- レジャー
そこには必ず、大量のゴミも生まれます。
でもそれは
“社会が死んでいない証拠”
でもあります。
だから、楽しんでいい
たくさん出かけてください。
たくさん遊んでください。
たくさん食べてください。
たくさん買い物してください。
その結果たくさんゴミが出てもいいんです。
なぜなら
それはあなたが、人生をちゃんと使っている証拠だから。
もちろん、最低限の分別や配慮は大切です。
でも、「生きること」まで縮小しなくていいと
私は思うのです。
ゴミをゼロにするために、人生の熱量までゼロにする必要はありません。
最後に
綺麗な街というのは、誰か一人の努力ではできません。
遊ぶ人。
働く人。
買う人。
食べる人。
回収する人。
みんなで循環しています。
だから
もし少しだけ罪悪感みたいなものを持っていたなら
今日だけは考え方を変えてみてください。
たくさん笑って
たくさん遊んで
たくさん食べて
たくさん買い物して
たくさんゴミを出していい。
その代わり、あとはちゃんと我々(ごみ収集作業員たち)が回収しておきます。
社会って、本来そうやって回るものだから。
「せっかくの連休なのに、何もしない」で終わらせなくていい
最近、こんな空気を感じることがあります。
- お金を使いすぎてはいけない
- 贅沢してはいけない
- 遊びすぎてはいけない
- 外食は我慢
- レジャーは無駄
もちろん、無理な浪費をする必要はありません。
でも、人生って本来、もう少し“使っていい”ものだと思うんです。
家族で外に出る。
子どもと遊ぶ。
美味しいものを食べる。
BBQする。
旅行する。
その帰りに、たくさんゴミが出る。
でもそれって、「無駄」なんでしょうか。
私は、そうは思いません。
むしろ
人間がちゃんと生きて、誰かと時間を使って
思い出を作った痕跡だと思っています。
「楽しかった後のゴミ」は、悪ではない
例えばBBQ。
紙皿。
炭。
ペットボトル。
肉のトレー。
確かに大量にゴミが出ます。
でも、その裏には
- 家族の会話
- 子どもの笑い声
- 外の空気
- 思い出
がある。
旅行も同じです。
お土産袋。
テイクアウト容器。
ホテルのゴミ。
それって
“人生を使った証拠”
ではないでしょうか?
最近は「迷惑をかけない」を頑張りすぎて
“楽しむこと”そのものにブレーキをかける人が増えている気がします。
でも、私はごみ収集の仕事をしていて思うんです。
街が活気づいている時って、ちゃんとゴミも増えるんですよ。
つまり、ゴミが増えるというのは、社会が動いている証拠でもある。
だから、もっと出かけていい
もし
「GW何もする予定がないな」
と思っているなら
まだ間に合います。
外に出てください。
子どもと遊んでください。
美味しいもの食べてください。
家でBBQでもいい。
独身でも大丈夫です。
ベランダご飯でもいい。
“人生を使う”
って、本来そういうことだと思うんです。
最近は、ネットショップでも翌日配送がかなり多いので
今からでも十分間に合うものがあります。
BBQ用品。
レジャーグッズ。
子ども用品。
旅行グッズ。
アウトドア用品。
「どうせならやるか」
くらいでいいと思います。
その結果、ゴミが増えてもいいんです。
だってそれは、あなたがちゃんと
人生を動かした証拠だからです。


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